漢字「桂」の意味・字源・読み方
- 画数
- 10画
- 部首
- 木(4画)
- 区分
- 常用
- 漢検
- 準2級
- 音読み
- ケイ
- 訓読み
- かつら
「桂」を使った名前で姓名判断
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字源と歴史的字形変遷
「桂」は意符「木」と音符「圭(ケイ)」から成る形声字である。「圭」は元来、玉を重ねた形を表す文字で、貴重なもの・美しいものを意味する。これに「木」を加えることで、貴重で香り高い樹木を表すようになった。中国では古くから桂樹(モクセイ科の常緑樹)を指し、その芳香と常緑性から縁起の良い木とされた。また月に生える伝説上の樹木としても知られ、月桂樹の名の由来ともなった。日本ではカツラ科の落葉高木を「かつら」と呼び、別の樹種を指すが、漢字の「桂」を当てて用いる。名付けでは気品・芳香・清らかさを象徴する字として使われる。
書き順
「桂」は10画。部首「木(き・樹木を表す)」を 4画で書き、6画を加えて完成させます。
- 左右の構成要素は左から書き始める
- 横画→縦画の順、上から下へ
- はらい・はね・とめを丁寧に
意味と現代の使われ方
古典中国語においては主にモクセイ科の常緑樹「桂樹」を指す。『山海経』や『楚辞』などの文献では、月に生えるとされる伝説上の霊木としても登場し、不老不死や高貴さの象徴とされた。また、その芳香から香木として珍重され、薬用や香料としても用いられた。
現代日本語では、カツラ科の落葉高木「桂(かつら)」を指すのが一般的。また人名・地名に広く用いられ、「桂川」「桂浜」など日本各地の地名に見られる。「月桂樹」はギリシャ・ローマ神話に由来するクスノキ科の常緑樹ローレルを指し、勝利や栄光の象徴として用いられる。
「桂」を名前に込める願い
- ❋桂の木のように気品高く、香り立つ存在であって欲しい
- ❋常緑樹のように変わらぬ美しさと清らかさを保って欲しい
- ❋月に生える伝説の桂のように、高貴で神秘的な魅力を持って欲しい
- ❋芳しい香りを放つように、周囲に良い影響を与える人になって欲しい
「桂」を使った人気の名前
男女に選ばれる名前
- 桂かつら
「桂」を含む名前ジェネレータ
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- 桂斗中吉名前 14画
- 桂真中吉名前 20画
- 桂翔中吉名前 22画
- 桂太中吉名前 14画
- 桂月中吉名前 14画
- 桂華中吉名前 20画
- 桂菜吉名前 21画
- 桂美中吉名前 19画
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「桂」を使った熟語
古典に見る「桂」
各引用をクリックすると、原文・ふりがな・現代訳・解釈の 4 段で展開します。
山海経
楚辞
似た意味の漢字との比較
「桂」と同じ意味系統の漢字を一覧比較。命名候補で迷ったらまずここ。
※ 印象・推奨は編集部の主観評価。最終判断は字形・読み・苗字との相性も含めて決定してください。
「桂」を名前に持つ人物
- 桂小五郎江戸末期-明治
- 桂太郎明治-大正
💡 「桂」のトリビア
- #1中国の伝説では月に桂の大樹があり、呉剛という仙人が永遠に伐り続けているが、切っても切っても再生するとされる。
- #2将棋の駒「桂馬」は、桂の木で作られることが多かったことに由来するという説がある。
- #3日本のカツラ(桂)とモクセイ科の桂樹は全く別の植物だが、同じ漢字「桂」を当てている。
- #4京都の桂川は古くから知られる地名で、万葉集にも詠まれている。
関連する漢字
「桂」の関連ネットワーク
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よくある質問
漢字「桂」の意味は?
「桂」の画数と部首は?
「桂」の読み方は?
「桂」を使った人気の名前は?
「桂」を名前に込める願いは?
「桂」の字源・成り立ちは?
姓名判断における「桂」(10画)の評価は?
本ページの典拠・参考文献
本ページの字源・字義の解説は、下記の標準的な漢和辞典・字書および公的資料に基づいて 「姓名判断大全 編集部」が編集しています。個別の漢字に固有の出典は順次拡充しています。
- [classical-text]『説文解字』 許慎 100年, 後漢・最古の体系的字源辞典(字源の一次資料)
- [book]『字統』 白川静(平凡社) 1984年
- [book]『漢字源』 藤堂明保 ほか編(学research(学研)) 1988年
- [academic-site]