陸奥国安達郡発祥・藤原北家魚名流説
藤原北家魚名流の小田野氏が陸奥国安達郡(現福島県二本松市・本宮市一帯)に住み、地名から安達氏を称した。安達盛長が源頼朝の流人時代から仕え、鎌倉幕府成立後は御家人筆頭格となった。
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SURNAME ETYMOLOGY
あだち/アダチ/Adachi
藤原系
安達(あだち)は、陸奥国安達郡を本貫とする藤原北家魚名流の武家氏族姓である。鎌倉幕府草創期に源頼朝の側近として活躍した安達盛長を祖とし、北条氏の外戚として鎌倉幕府の有力御家人となった。
STROKES & FORTUNE
天格(てんかく)は姓の総画数で、家系から受け継ぐ運勢を表します。姓名判断では他に 人格・地格・外格・総格 の五格があり、名前との組み合わせで運勢を判定します。→ 安達姓で姓名判断する
STROKE ORDER
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THEORIES
藤原北家魚名流の小田野氏が陸奥国安達郡(現福島県二本松市・本宮市一帯)に住み、地名から安達氏を称した。安達盛長が源頼朝の流人時代から仕え、鎌倉幕府成立後は御家人筆頭格となった。
武蔵国足立郡に由来する足立氏(武蔵七党のひとつ・足立氏)と同源とする説もあり、「あだち」の音が共通する。後に安達と表記したものとされる。
出典: [shoji]、[myojiyurai]
安達盛長(1135-1200)は源頼朝の流人時代から仕え、伊豆挙兵以来の側近として鎌倉幕府草創に貢献した。子の景盛、孫の義景は北条氏と婚姻関係を結び、外戚として権勢を誇った。しかし弘安8年(1285年)の霜月騒動で平頼綱に攻められて宗家は滅亡し、庶流が陸奥・各地に残った。江戸期以降は東北・関東を中心に広く分布する。
DISTRIBUTION
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