機織部(はたおりべ)に由来する職業氏族説
古代の品部(しなべ)の一つで、朝廷に絹織物を貢納した機織部の伴造氏族。「はたおりべ」が「はとりべ」「はっとり」と転じた。秦氏(渡来系)の管掌下にあったとされる。
読み込み中...
SURNAME ETYMOLOGY
はっとり/ハットリ/Hattori
氏族姓
服部(はっとり)は、古代の機織り集団「機織部(はとりべ)」に由来する職業氏族姓で、秦氏など渡来系氏族とも関わる。中世には伊賀服部氏が忍術の名門として知られ、徳川家康に仕えた服部半蔵正成を輩出した。
STROKES & FORTUNE
天格(てんかく)は姓の総画数で、家系から受け継ぐ運勢を表します。姓名判断では他に 人格・地格・外格・総格 の五格があり、名前との組み合わせで運勢を判定します。→ 服部姓で姓名判断する
STROKE ORDER
▶ 再生で一画ずつ確認できます
THEORIES
古代の品部(しなべ)の一つで、朝廷に絹織物を貢納した機織部の伴造氏族。「はたおりべ」が「はとりべ」「はっとり」と転じた。秦氏(渡来系)の管掌下にあったとされる。
伊賀国阿拝郡服部郷を本拠とした服部氏で、平氏とも秦氏とも称した。室町〜戦国期に伊賀忍術の中核を担い、服部半蔵正成は徳川家康の伊賀越えを助け、江戸幕府の伊賀同心頭となった。
養蚕・機織の技術を伝えた渡来系の秦氏とその一族・部民から派生し、各地の機織り集団が服部姓を名乗った。
出典: [niwa]
服部氏は古代の機織部に起源を持ち、伊賀・伊勢・尾張など東海地方に広く分布した。伊賀服部氏は南北朝期から戦国期にかけて忍びの一族として勢力を持ち、服部半蔵正成(1542-1596)が徳川家康に仕えて旗本となった。江戸時代には伊賀同心を率い、半蔵門の名の由来ともなった。近代以降は東海・関西を中心に全国へ広がった。
DISTRIBUTION
都道府県別の概数(住基データほか参照)/タップで都道府県別の苗字情報へ
FAMOUS PEOPLE
名前をタップで姓名判断 — 各人物の運勢が見られます
戦国・江戸初期の武将、徳川家康に仕えた伊賀同心頭
江戸前期の俳人、松尾芭蕉の高弟
昭和の作曲家、『東京ブギウギ』など
RARITY RANKING
あなたの名前のレア度を見る — 全国に何人?
下の名前を入れるとフルネームの推定人数が分かります
本ページの内容は以下の信頼できる学術的・公的出典に基づいて編纂されています。
※ 苗字の由来には学説により諸説があります。本ページでは複数の主要な説を併記し、それぞれの典拠を明示しています。