「昔と書き順が変わったらしい」——田・書・馬・飛などについて、こうした話を耳にしたことがある方は多いはずです。結論からいうと、学校で教える筆順の基準は昭和33年(1958年)の文部省『筆順指導の手びき』から公式には変わっていません。それでも「変わった」と感じるのには、はっきりした理由があります。この記事では、話題になりやすい漢字13字の現在の筆順と「変わったと言われる理由」を一覧で整理し、カタカナの「ヒ」「ヲ」や数字の「5」の通説にも触れます。
結論 — 筆順は公式には「変わっていない」
学校教育で教える筆順のよりどころは、昭和33年(1958年)に文部省(現在の文部科学省)がまとめた『筆順指導の手びき』です。それまで教科書や指導者によってばらばらだった筆順を、学習指導上の混乱を避けるために整理したもので、現在の教科書会社の筆順表示も基本的にこの系統を踏襲しています。そして、この手びきの内容を国がその後「改定して筆順を変えた」という事実はありません。
見落とされがちなのは、手びき自身がまえがきで「ここに取り上げなかった筆順についても、これを誤りとするものではなく、否定しようとするものでもない」という趣旨を明記している点です。つまり手びきは「唯一の正解」を定めた文書ではなく、指導の目安を示した文書です。平成22年(2010年)告示の「常用漢字表」も字体と音訓を示すもので、筆順は定めていません。
それでも「変わった」という感覚が広く共有されているのは、(1)手びき以前に学んだ世代とその後の世代の間の差、(2)手びき以後も残った教科書・指導者ごとの揺れ、(3)楷書の学校筆順と書道(行書・草書)の筆順の違い、という3つの要因が重なっているためです。次の一覧では、字ごとに「現在の一般的な筆順」と「変わったと言われる理由」を分けて確認します。
「書き順が変わった」と言われる漢字一覧
検索や SNS で「書き順が変わった」と話題になりやすい13字について、現在の一般的な筆順のポイントと、変わったと言われる背景を一覧にしました。各字とも、1画ずつ動くアニメーションページへのリンクから実際の運びを確認できます。
- 田(5画)現在は「左のたて→上と右の折れ→中のたて→中のよこ→下のよこ」。中の十字は「たてが先」です。「よこが先」と覚えている方が多く、世代間で最も話題になる字のひとつです。「田」の書き順をアニメーションで確認できます。
- 飛(9画)現在は1画目が上の「フ+はね」で、中央のたて画は4画目です。たて画から書き始める自己流が定着しやすく、「昔はたてが先だった」と語られがちですが、手びき以降の学校筆順は一貫しています。「飛」の書き順で1画ずつ確認できます。
- 書(10画)上部のよこ画を書き進め、たて画は6画目——つまり「よこを全部書いてから、たてを通す」順です。たてを先に書いた記憶を持つ方が多い字ですが、これは速書きや書道の運筆と混ざりやすいためと考えられます。「書」の書き順を確認できます。
- 馬(10画)1画目は左のたて画です。「よこから」「点から」と記憶している方が少なくありません。上の骨組みを書いてから、下の4つの点は左から順に打ちます。「馬」の書き順をアニメーションでどうぞ。
- 様(14画)つくり(右側)の下部は、よこ画のあと「たて→点→はね上げ→はらい2つ」と水のように運びます。旧字体「樣」で学んだ世代と字形そのものが違うため、「書き順が変わった」ではなく「字が変わった」が正確な字です。「様」の書き順で現行字体の運びを確認できます。
- 世(5画)現在は「長いよこ→たて→たて→みじかいよこ→たての折れ」。「廿を書いてから」のような自己流と食い違いやすい字です。「世」の書き順で確認できます。
- 上(3画)現在は「中央のたて→みじかいよこ→下の長いよこ」。書道では「よこから」書く伝統的な運びも広く行われており、世代や習字経験によって記憶が分かれる代表例です。「上」の書き順もアニメーションがあります。
- 医(7画)外側の「匚」は上のよこ画だけ先に書き、中の「矢」を書き終えてから、最後にたての折れで囲いを閉じます。囲いを先に完成させる自己流と食い違うため「変わった」と感じられやすい字です。「医」の書き順で順番を確認できます。
- 有(6画)1画目は左はらい(ノ)、2画目がよこです。「右」と同じ「はらいが先」グループで、「左」(よこが先)と混同されやすい字です。「有」の書き順で確認できます。
- 成(6画)現在は1画目が左のたれ(はらい)、2画目がよこです。書道ではよこから書く流儀も広く知られているため、「昔はよこからだった」という感覚が生まれやすい字です。「成」の書き順をアニメーションで確認できます。
- 皮(5画)現在広く教えられる順は「左のたれ→よこの折れ→中央のたて→又のフ→はらい」。教材によっては1画目を「フ」とするものもあり、筆順の揺れが現在も残る字のひとつです。「皮」の書き順で現行の運びを確認できます。
- 九(2画)1画目は左はらい(ノ)です。似た形の「力」は逆に「フ」が先のため、セットで混同されやすく「変わった」と誤解されがちです。「九」の書き順で確認できます。
- 万(3画)現在は「よこ→フ(よこの折れ)→ノ」。2画目と3画目の順序が揺れやすく、「方」の筆順(点→よこ→フ→ノ)との混同も起きやすい字です。「万」の書き順でどうぞ。
カタカナ「ヒ」「ヲ」、数字「5」はどうか
「カタカナのヒの1画目が変わった」という話もよく聞かれますが、まず前提として、『筆順指導の手びき』が対象とするのは漢字であり、かな(ひらがな・カタカナ)や算用数字の筆順には、漢字ほど明確な公的基準がありません。教材ごとの差がもともと大きい領域です。
そのうえで現在広く教えられている書き方を挙げると、カタカナ「ヒ」は「1画目:左から右へのみじかい画、2画目:たてから右へ曲がる画」の2画です。よく似た漢字の「匕」(さじ)は1画目が右上から左下へのはらいで、運びが逆になります。この漢字との対比が「変わった」と感じる一因と考えられます。
カタカナ「ヲ」は「よこ→よこ→左下へのはらい」の3画とする教え方が伝統的ですが、「よこ→フ(折れて、はらい)」と2画で書く人も多く、教材による差が現在も残っています。数字の「5」は「上のたて→右の曲がり→上のよこ」のように、よこ棒を最後に書く指導が算数教材では一般的ですが、これも漢字のような公的基準がある訳ではありません。
つまり、かな・数字については「変わった」のではなく「もともと統一基準が緩やかで、教材差が大きい」というのが実態に近い説明です。
なぜ「変わった」という記憶が生まれるのか
第一の要因は世代差です。『筆順指導の手びき』が出た昭和33年より前に漢字を学んだ世代は、地域や指導者ごとに異なる筆順で習っており、その筆順が家庭内で子や孫に伝わることもありました。「親に教わった順」と「学校で習う順」が食い違えば、どちらかが「変わった」ように見えます。
第二の要因は手びき以後も残る揺れです。手びきはあくまで指導の目安で、すべての漢字を網羅しているわけでもありません。教科書会社や辞典によって解釈が分かれる字(皮・凸・凹など)では、学年や使った教材によって習った筆順が違うことが実際にあります。
第三の要因は書道との違いです。書道の行書・草書では、点画の連続や省略のために楷書の学校筆順と異なる運筆をすることが普通にあります。習字経験のある方ほど「昔はこう書いた」という感覚が強く残りやすいのはこのためです。どちらかが間違いというわけではなく、目的(学習指導か、書表現か)が違うと理解するのが実態に合っています。
正しい書き順を確認する一番かんたんな方法
記憶に頼らず、いま学校で教えられている筆順を確認するには、1画ずつ動くアニメーションで見るのが確実です。当サイトの書き順検索では、常用漢字・人名用漢字を含む6,400字超について、学校筆順系の筆順アニメーションと画数・読み・名前での使われ方をまとめて確認できます。お子さんの宿題チェックや、名付けで画数を数える前の確認にもそのまま使えます。
また、部首ごとの書き順(さんずい・りっしんべん・こざとへんなど)は、各部首のページでも解説しています。部首の運びを一度おさえると、はじめて見る漢字でも筆順の見当がつくようになります。
編集部で各字の筆順資料を照合していて印象的だったのは、「変わった」と語られる字のほとんどが、実は昭和33年から一度も公式には動いていないことでした。動いたのは制度ではなく、世代と教材と記憶のほうです。だからこそ「昔と違う=どちらかが間違い」と考える必要はありません。当サイトの筆順アニメーションは学校筆順系に揃えてありますので、お子さんと確認する際の共通のものさしとしてお使いください。
姓名判断大全の監修者(筆名)。占いを個人の主観や霊感ではなく、出典に基づく統計的・体系的な情報として扱う立場から、熊崎式五格剖象法を基軸に、説文解字・字統(白川静)・漢字源(藤堂明保)など字書の一次資料を引用した字源解説と全記事の監修を担う。流派により解釈が分かれる点は断定せず明示し、最終的な決定権は常にご本人・ご家族にあるという方針を貫く。
当サイトの書き順データ収録状況
本記事の各字の筆順記述は、当サイトの筆順アニメーションと同一のデータ(KanjiVG・学校筆順系)に基づいています。
- 筆順アニメーション収録字数6,400字超出典: /stroke-order(KanjiVG収録分)
- 本記事で扱った「変わったと言われる」漢字13字+かな2字・数字1字
収録データは KanjiVG プロジェクトの筆順データに基づき、学校筆順(『筆順指導の手びき』系)に準拠しています。
