紫式部(むらさきしきぶ、978頃-1014頃)は、『源氏物語』『紫式部日記』の作者として知られる平安中期の女流作家です。本名は史料に残されておらず、「紫式部」は宮中での女房名(にょうぼうな、女官の呼称)とされます。本記事では紫式部の名乗り、女房名の制度、彼女が遺した作品について、史料の範囲で中立的に紹介します。
紫式部という名乗り
「紫式部」の「式部」は父・藤原為時(ためとき)が式部丞(しきぶのじょう、式部省の役職)を務めていたことに由来する女房名とされます。当時の宮廷では女性は本名を呼ばれることが少なく、父や夫の官職に基づく呼称が一般的でした。
「紫」については諸説あり、『源氏物語』に登場する紫の上(むらさきのうえ)に由来するという説、藤原氏の「藤」を紫色に重ねた説などがあるとされます。確定的な由来は史料からは特定困難です。
本名については「藤原香子(かおりこ/たかこ)」とする説が藤原実資の日記『小右記』の記述から導かれることがありますが、確証はないとされます。
平安期女房名の制度
平安期の女房名は、父や夫の官職名と何らかの修飾語を組み合わせる形が一般的でした。同時代の例として清少納言(せい・しょうなごん、父の清原氏+夫または知人の少納言)、和泉式部(いずみ・しきぶ、夫の和泉守+父の式部)などが挙げられます。
女房名の制度は本名を表に出さない当時の女性観・宗教観と関連があるとされ、本名は家族か親しい人にのみ明かされる慣習だったとされます。
紫式部の作品
紫式部の代表作『源氏物語』は54帖から成る長編物語で、光源氏という主人公の人生を中心に平安朝の人間関係・心理・美意識を描いた作品です。世界文学の傑作とされ、ユネスコ「世界の記憶」の候補作品ともなっています。
もう一つの著作『紫式部日記』は宮中での出来事を記した日記で、当時の宮廷生活を知る一次資料として歴史学・文学研究で重要視されています。

全世界の姓名判断や鑑定、占いを統合し、その英知を42年間学び続けた占い師。伝統的な熊崎式姓名判断に中国・韓国・台湾など東アジアの命名哲学、さらには西洋の数秘術までを横断的に研究。姓名判断大全の全記事を監修し、赤ちゃんの命名から改名・社名決定まで、実務的な指針の提供を使命としている。
