平安期の宮廷女性は、本名ではなく「女房名(にょうぼうな)」で呼ばれる慣習がありました。父や夫の官職を冠した呼称で、本名は公の場で使われない時代背景がありました。本記事では平安期女房名の制度を、清少納言・和泉式部・紫式部の例を交えながら中立的に紹介します。
女房名の構造
女房名は基本的に「氏/官職+修飾語」の構造で、たとえば「清少納言(せい・しょうなごん)」は「清原氏」と「少納言(官職)」の組み合わせとされます。
「和泉式部(いずみ・しきぶ)」は「和泉守の夫」と「父の式部丞」を組み合わせた名乗りとされます。「紫式部」の「式部」も父・藤原為時の式部丞由来とされます。
- 清少納言「清原氏」+「少納言(官職)」。
- 和泉式部「和泉守の夫」+「父の式部丞」。
- 紫式部「紫」(諸説)+「父の式部丞」。
- 右大将道綱母息子の道綱の地位(右大将)から逆算した呼称。
本名を隠す慣習
なぜ本名でなく女房名で呼ばれたかについては、当時の女性観・宗教観・呪術観が関連するとされます。本名を知られると呪詛をかけられるという信仰、本名は親密な人だけが知るプライベートなものという観念があったと、平安文学・宗教史研究で整理されています。
現代に伝わる平安期女性で本名が明確に判明している例は少なく、史料に残るのは女房名のみという例が大多数です。
現代との対比
現代の日本では戸籍名と通称名(ペンネーム・芸名)の使い分けが法律で認められており、SNSやハンドルネームも自由に使えます。これは平安期の女房名制度と通じる「複数の名前を持つ文化」の現代的な形と言えるかもしれません。

全世界の姓名判断や鑑定、占いを統合し、その英知を42年間学び続けた占い師。伝統的な熊崎式姓名判断に中国・韓国・台湾など東アジアの命名哲学、さらには西洋の数秘術までを横断的に研究。姓名判断大全の全記事を監修し、赤ちゃんの命名から改名・社名決定まで、実務的な指針の提供を使命としている。
